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どん底生活の中、娘に教わり救われました

どん底生活の中、娘に教わり救われました

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【どん底生活の中、娘に教わり救われました】



のころ、私たち親子は皆さまの税金で生活させていただいていました。

はっきり言って、生活保護を受けて生活するのは嫌でした。

少しでも働いて、まともな暮らしがしたいと思っていましたが、

身体が弱く、辛抱しながら皆さまのお世話になっていた次第です。



心の中では、

「早く元気になって、一生懸命働きたい。

 生活保護のお世話にならなくてもいい暮らしがしたい」

と思うばかりで、心が悲しく沈んでいました。



子供(三女)が三歳の頃、

「ちゃぁちゃん、どんどん、あべたいよ」

と、一杯のうどんを食べにお店に入るにも人目が気になりました。

「あん人たちは、生活保護を受けてるのに、
 
 よう、うどん食べに来らるんね」

と思われていないかとひがみもしました。



「ちゃぁちゃん、いんご、あべたいよ」

と言われても、りんご一つ買って食べさせてやれないつらさ。

お金が無いつらさ。

親の私は、情けなく心が乱れ、悲しくてこみ上げてくるものが・・・。

早く元気になって…と焦れば焦るほど、入退院の繰り返しでした。

入院のたび、三女は施設に預けなければいけません。

親の心は複雑でした。

施設に預けるのは、これが最後だと思ったのも束の間、

家が火事になってしまい、また施設にと…。



最後には、乳がんと告知され、手術を受けることになりました。

抗がん剤の注射の苦しさ、人から話しかけられるのも、つらく嫌でした。



そんな苦しい日々の中、この三女の娘から、

思いやりや優しさを教えてもらうことになったのです。



この子も、私が乳がんになった頃には、もう小学校の3年生になっていました。



ある時、学級新聞を持って帰ってきました。

学級新聞に目を通すと「今、いちばん欲しいものは?」の問いに、

三十三人のクラス全員が、いろんなもの、楽しそうなものを書いていました。



大きなぬいぐるみ、ゲームボーイ、ミニカー、等身大のテディベアなどなど、

それぞれが素直に子供らしく書かれてありました。



だけど、私の子供だけ、三女だけが、まったく違うことを書いていたのです。

私は、腹立たしい思いに陥りました>>>

この子が成長するまでは死なない

一番欲しいもの」と聞かれ、

学級新聞に私の子供が書いていたこと、それは、


「ない」


でした。



どうして、そんな風に書いたのか腹立たしく思い、

遊びから帰ってきたら、「素直じゃない!」と叱りつけるつもりでした。

「あんなに自転車が欲しいと言っていたのに、

 どうして自転車と書かないのか。素直じゃない!」

そんな言葉を飲み込んで、三女の帰りを待ち構えていました。


帰ってきた三女に、

「どうして、欲しいものは無いって書いたと?」と聞くと、

もじもじしながら、こう答えました。


「うん、本当はね、お母さんのおっぱいって書きたかったばってん、

 おっぱいって書いたら、皆から笑われるやろ。

 だから、『ない』って書いたとさ」

この子も小さい心を痛めていたのだな、がんという病気の怖さで。

私は自分の至らなさをつくづく責めました。

こんなに優しい気持を持っているのに、

どうして素直じゃないなどと一瞬でも思ったのかと、泣きました。



この子から学びました。

思いやりや優しさを。

私は思いました。

この痛み「がまん、がまん」。

私は死なない!

この子が成長するまではと切に思いました(今では術後8年経ち、もう大丈夫)。




感動シリーズ


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