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徳川家康の堪忍袋の緒が切れてたら、今の東京は?

徳川家康の堪忍袋の緒が切れてたら、今の東京は?

徳川家康
【徳川家康の堪忍袋の緒が切れてたら、今の東京は?】


河ドラマの「軍師 官兵衛」ごらんになりました?

出世途上の秀吉は、すごく魅力的なキャラクターですが、やはり天下を取ってからの様子はどうもあきません。

多くの小説でも、秀吉が晩年にはエゴむき出し、淀と実子にメロメロのだらしない姿が描かれています。

秀吉がダメダメになった頃、ドラマでは官兵衛の苦悩が演出されてますが、実際には同じく家康もほとほとまいってたはずです。


家康は、小田原の後北条を倒した褒美として、関東地方(関八州)の領地をいただきます。

ただし、引き換えに、大事に大事に育ててきたこれまでの領地を奪われることになります。

しかも、関八州ときたら、その当時は、荒れ果てたド田舎の湿地帯でした。年がら年中洪水に悩まされていました。

報償といいながら、実は左遷という露骨なライバル蹴落とし作戦。

パワハラの極致、そんなことを秀吉は家康に強いたのでした。

時に家康47歳。

このとき、家康の堪忍袋の緒が切れていたら、今日の東京は世界の大都市として存在していないのかもしれません。

サラリーマンがバーンと辞表をたたきつけたいとき

画像の説明

ての伝説・感動・奇跡は、失敗や挫折や逆境から始まる。

このことは歴史が証明しています。

家康は、理不尽な秀吉の「褒美」をうやうやしく受けることになります。

僕ら、サラリーマンだったら「こんな会社辞めてやる」と辞表をたたきつける場面ですね。

会社が喜ぶ成績を上げたのに、自分のお宝をとり上げられ、今後のテリトリーはどうしようもない荒地です。

上司が自分を遠ざけようとしてるのが見え見えです。


ところが、ここんところが家康の偉大なところです。

人生は、重荷を負うて坂道を登るがごとし。

家康は、その荒れ果てた土地を黙々と改良していきます。

湿地には、川や運河を掘って水が海に流れやすいようにし、
遠浅の海を利用して新たに海を埋め立てていきました。

その場所こそ、後に世界最大の都市になる江戸でした。

また大都会・東京の歴史の原点と言ってもいいですね。

家康は、愚痴を言うこともなく、与えられた状況で、
とにかく自分に出来るべストな行動を起こしました。

家康の目の前に現われた理不尽な「壁」。

それは、家康を天下に導く「扉」だったのです。

事実上の関八州への左遷は、ゼロから自由に世界最大の都市を設計するチャンスだったのです。

僕らの眼前にある「小さな」失望。・・・それらは案外「希望」の種です。
「逆境」は「逆転」の伏線に過ぎません。

今日も明るく、直面してる課題を、にっこりとやっつけましょうよ。



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