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喜寿越えの若大将、加山雄三さんは団塊世代の偶像です

喜寿超えの若大将、加山雄三さんは団塊世代の偶像です

画像の説明

【喜寿の若大将、加山雄三さんは団塊世代の偶像です】


でも知ってる加山雄三さん。

歌も、作曲も、楽器も、役者も、スポーツも、絵も、ヨットも、ゲームも、

とにかく何をやってもスーパーマンで男前。

毛並みもいいし、おまけに性格も男らしくて、かっこいい。



「若大将」のキャラクターで一世を風靡した加山さんも、もう78歳。

でも、見かけも発言もちっともおじいさんっぽくありません。

まるで神様から選ばれた人みたいで、加山さんの人生も

明るい陽の当たる道ばかりを歩み続けてきたかのように見えます。



しかしそんな加山さんも、ある一時期は、

強烈な逆風に吹きまくられたことがあります。


1970年、加山さんが33歳の時です。

叔父さんが経営するスキー場や茅ヶ崎のパシフィックホテルの倒産により、

経営者の一人だった加山雄三さんも責任を取らされることになったのです。

なんとその時の負債は23億円。

悪い時には悪いことが重なります。

俳優としての仕事もその頃になると激減し、ギャラも大きく減少しました。

それまで、加山さんが蓄積してきた財産のほとんどを借金返済に充てています。

さらに、ギャラのほぼ全額を借金返済に充てざるを得ず、

ナイトクラブやキャバレーまわりをする時期もありました。

加山さんにとって、最高最大の不遇の時代であったわけですが、

この大きな負債も何とか10年で完済することができました。

スーパースターの加山雄三さんとはいえ、

この不遇の時代を独力で向き合うには、あまりにも厳しい試練だったに違いありません。

ここには、やはり加山さんを支える奥様の存在が不可欠だったのです。



奥様(松本めぐみさん)は、23億もの負債を抱える、

その2年前に加山さんと結ばれていたのです。

その頃、そんな言葉はなかったかもしれませんが、

「さげまん」みたいな言われ方もされたようです。

でも奥様こそ、その時点では、なんと不運なめぐり合わせだったことでしょう。



加山さんは奥様についてこう語っています。

もちろん、奥様への感謝の言葉で満たされていますが、

ファンには知られない、ショックな出来事も語られています>>>

加山雄三さんが奥様のことを語っています

画像の説明

ミさんがいなかったら今の俺はないですよ。

 俺みたいなどうしようもない人間をよくぞ操縦してくれたと。

 理屈とか技じゃなく、彼女は本心で動いてるから、真実ほど強いものはない。

 それでうちのお袋と非常に重なる部分があるんです。

 彼女は早くにお父さんを亡くして、十五歳から芸能界に入って家族を支えてきたし、

 お袋も父親と生き別れて女優として家庭を養ってきた。

 僕が何より嬉しいことは、カミさんが四人も子供を産んでくれて、

 その子がみんな本当にいい子に育ったということなんです。

 本当は子供は八人いたんです。

 四人流産して。

 でも僕の愛情にそれだけ応えてくれようとした彼女の気持ちが、

 僕は嬉しいんだ。」


いかがでしょうか。

加山さんご夫妻みたいに、幸福の象徴のようなお二人にあっても、

4人ものお子様の流産を経験しているんです。

大きな借金、スキャンダル、流産・・・そんなつらい側面を感じさせないことも、

スターのスターたる所以なのでしょうね。



参考サイト:
Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E5%B1%B1%E9%9B%84%E4%B8%89



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