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石原裕次郎の軍師にコマサあり

石原裕次郎の軍師にコマサあり

石原裕次郎
【石原裕次郎の軍師にコマサあり】

、NHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」は、豊臣秀吉が天下を獲るのに不可欠の「軍師」でした。

多くの英傑や企業人には、優れた軍師・参謀がつきものです。

昭和の大スター石原裕次郎さんにも優れた参謀がついていました。

石原プロの大番頭、コマサさんこと小林正彦さんです。


石原軍団が今でも、被災地などで大きな鍋を使った炊き出しでの支援活動を行っていますが、これも、もともとはコマサさんの発案による、メディアなど取材陣対策だったのです。

撮影場所では、石原軍団の仲間だけでなく、取材に集まった記者さんたちも含めて、同じ釜のメシを食う意味で、炊き出しやもちつき大会などを催しました。



「人間っていうのは、腹が減ると腹が立ってくるもんだ」


確かに同じ釜のメシを食う効果は、文字通り腹を割ったつきあいのきっかけを作ります。

テレビ時代の芸能界において、メディアとの付き合いに重点を置いた先駆者として、コマサさんの優れた手腕が語られています。



石原裕次郎さんの病状が悪化した時のことです。

石原軍団、裕次郎

告知すべきという兄・慎太郎氏には、コマサさん真っ向から大反対をしました。

最後まで知らせるべきではない、その方針を貫いたのです。

石原プロのもう一人の屋台骨、渡哲也さんのガン発症のときには、告知に同意したのがコマサさんでした。

コマサさんが、渡さんのときとは違い、裕次郎さんのときには、頑として告知に反対した、その理由はこうでした>>>

自分の人生を賭して、この人のために生きるということ

画像の説明
ぜ渡さんのときと違って、告知しなかったのか、それに対しコマサさんはこう答えました。


『渡の場合には、助かることが分かっている。でも、裕次郎は死ぬのが分かっていた。それなら裕ちゃんには、最期まで”石原裕次郎”でいてもらいたい。裕ちゃんらしく好きに生きてほしかったのだ』


ちなみに渡哲也さんは、裕次郎さんが病床にいるとき、テレビ「三時のあなた」の森光子さんにこう語っています(有名な話ですね)。

社長(裕次郎)にもしものことがあったら、自分も殉じたい気持ちです

コマサさんにしろ、渡さんにしろ、「石原裕次郎」という大きな存在に自分の人生を賭していた、そのことがよく分かるお話しです。



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