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小諸での少年時代の経験がもたらしたもの

小諸での少年時代の経験がもたらしたもの

読者投稿
《読者様からの投稿》【実話】水野丈夫様(東京都)

『小諸での少年時代の経験がもたらしたもの』

の実家は長野県小諸市。

小学生のころは、夏休みというと、小諸で過ごしていました。

きっと預けられていたということだと思います。

農家でしたが、貧しかったです。ごはんのおかずは、たいがい野沢菜と味噌汁。

たまに、おばさんが鳥小屋から卵をとってきて、目玉焼きを作ってくれました。

何かあると、庭の池で飼っていた鯉をぶつ切りにして、
鯉こくを食べさせてくれました。

うさぎ小屋があって、えさをやるのが楽しみでしたが、
今思えば、愛玩用に飼っていたはずはなく、蛋白源として飼っていたはずです。

祖母が蕎麦を打ってくれたときはごちそうでした。

祖母の話によると、祖母が子どものころは、
お米のごはんは盆と正月しか食べられなかったということでした。


では、普段何を食べていたか。

食べられるのはありがたいということ

長野県小諸

は、普段何を食べていたか。

粟、稗、そして荒れ地でも育つ蕎麦でした。

蕎麦が打てなければ嫁にはいけなかったそうです。

ほぼ1年の12分の1は小諸にいましたので、
いまだにいとことは信州弁で話せます。

そして、なにより身についたのは、食べられるのはありがたいということでした。

学生時代、家からお金をもらうことなく
全てアルバイトと奨学金だけでやっていたので、
毎日、昼は学生食堂の40円のカレーライスを食べていました。

しかし、小学生の時の、小諸での生活経験から、全く気になりませんでした。

おいしく食べていました。

そして今は年金暮らしで、給料をもらっていた時の3分の1の収入ですが、全く困っていません。

あの貧しかった母の実家での生活が、
食べられること、着るものがあること、住む家があることをとてつもなくありがたいものに感じさせてくれています。

おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこのみなさん、わがままばかりいっていてすみませんでした。

ごめんなさい。そして、ありがとうございました。




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