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ロッキーを最初に見た時は、鳥肌がたちました

ロッキーを最初に見た時は、鳥肌がたちました

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【ロッキーを最初に見た時は、鳥肌がたちました】


ッキー」という映画が日本に上陸したとき、僕らは大きな感動とともに、

シルベスター・スタローンという人の特異なキャリアにも驚かされました。

しかし、スタローンさんが、障がい者だということはあまり知られていません。



彼は生まれたときの医療ミスで「言語障害」と「顔面麻痺」という障害を負いました。

そう言われると、彼のしゃべり方には少し特徴があるような気がします。


子供のころは、もっとその表われ方がひどかったのか、それが原因でいじめにもあっていたそうです。

12歳でぐれて、合計14校の学校を退学になっています。

それだけ聞いても、彼がどれだけ悪かったかという想像がつきますね。

さて、そんな少年時代を過ごしたスタローン。


その後彼は演劇と出会います。

演劇に情熱を燃やして、極貧の生活の中、とにかくオーディションを受けまくる日々を過ごします。

けれども、何度受けても合格しません。

それでも彼は諦めるということはしませんでした。


ますます演劇に情熱を持ち続け頑張り続けます。

まさにロッキーさながらの打ちこみ方です。


とうとう54ものオーディションに落ちた後のことでした。

彼はある日、ボクシングの試合を見ます。

彼はその試合にとても感動を覚えました。

そして、それを原稿にしたのです。

その原稿をあるプロダクションに売り込んだところ、

そこで大いにその内容を評価してくれたのです。


4000万円でその脚本を売ってくれ!という話になりました。



普通なら、極貧の中にいる者として、即その話に乗っかるところです。

しかし、そこがスタローンさんの常人と違うところ、

その話を蹴ります。そして>>>

目先のお金ではなく、自分の夢を育てた

ロダクションからの話を断ったスタローンさんは、

「自分を主役にして出してくれ!」と言い出したのです。

じゃないと譲らない!と。


結局、最初4000万円という高額がついたこの脚本は、

250万円という価値に下がってしまいます。


しかも彼は、ノーギャラでこの映画に主役として出演することになりました


そうです。 その映画こそ「ロッキー」です。


ここにあのロッキーが誕生しました!

彼はどんなにオーディションに落ち続けても、決して夢をあきらめませんでした。

必ず自分はスターになる!そう信じ続けてきたのです。

そして、今日彼は、ハリウッドを代表する大スターになったのです。




感動シリーズ


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