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夏目漱石には、引きこもりで鬱に悩んだ時期があります

夏目漱石には、引きこもりで鬱に悩んだ時期があります

夏目漱石
【夏目漱石には、引きこもりで鬱に悩んだ時期があります】



目漱石。

お札の顔にもなった明治の文豪で、知らない人はいません。

その漱石も、30代のイギリス留学時代は、神経衰弱、今で言ううつ病になっています。

留学前の漱石は、頭はいいけど、それほど目的意識もはっきりせず、何となく大学を卒業し、何となく教師になったような人でした。

悶々とした日々を送る漱石はある日、突然文部省から英語研究のため2年間のイギリス留学が命じられます。

明治33年、漱石33歳のときでした。


イギリスに渡った漱石は、物価高に驚き、少ない国費で赤貧の生活を送ることになります。

さらに体格でいっても、現地のイギリス人と比較すれば、貧弱この上なく、外見上のコンプレックスにも悩みます。

しかし、最も大きい悩みは、現地での英語でした。

日本では英語の先生をしていた。それなのに、その英語が全く通じない、大学の講義もさっぱりわからない。


こうして漱石は、わざわざ国費でイギリスまで留学してきたにもかかわらず、下宿に引きこもりの生活を送ることになります。

ただ、さすがに漱石がただの引きこもりで終わらないところは「さすが」と言うべきでしょう。

下宿でただひとり、部屋から一歩も外へ出ず、多くの英文学との格闘をしていたのです。

明けても暮れても英文学の研究。

誰とも接触せず、異国の地で引きこもりの研究生活を送る、
そんな生活を送っていたら、神経が相当まいるはずですね。

漱石も人の子、やはりこの時期に、神経衰弱に陥ってしまいました。

「日本人が英文学を学ぶのに、どんな意味があるのだろう」そんな疑問が漱石の頭の中をグルグル渦巻いていました。

やがて、「漱石が変!」という噂は日本にも伝わり、任期半ばで帰国を促されることになりました。

夏目漱石先生、イギリスにおいて大きな挫折です。



僕はよくここへの投稿記事で述べますが、挫折や失敗、敗北などなどは、やがて花開くドラマへのプロローグ・入り口・伏線に過ぎないと思います。

漱石の大きな挫折も、彼の人生の大きなターニングポイントになったのでした。

神様は、やはりギフトを忘れなかったのです。

漱石に挫折が無ければ名作の数々はできなかった

吾輩は猫である

しい苦しい英国留学から帰国した漱石先生。

ある気づきがありました。


異国の地から見たら、「日本って何ていい国なんだろう!

今いるところから一度離れてみると、同じ景色なのに違う世界に見えることがあります。

ひとつの気づきは、また別の気づきを促します。

これまで英文学に抱いていた疑問。

なぜ、自分は英文学に深い興味を抱くことができなかったのか?

それは、昔の人、自分以外の人が書いた足跡をただなぞるだけだからだ。

自分がやりたかったのは、そういうことではない。

自分の欲望は、自分で何かを発信することにあったんだ。

自分の言葉で発信したい、発信したい、発信したい。


漱石は、はっきりそう気づきました。

そうして書き出した1行目、それがこれです!



『吾輩は猫である。名前はまだない・・・』



今までのうっ憤を晴らすように筆が走りました。

夢中で文章を書き進め、何とたったの1日でこの小説を書き上げてしまったのです。



参考本:心が折れそうなとき、キミを救う言葉
著者:ひすいこたろう
出版:ソフトバンク文庫



感動シリーズ


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