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私の命はターボレンジャーが救ってくれた

私の命はターボレンジャーが救ってくれた

画像の説明

【私の命はターボレンジャーが救ってくれた】


だ中学2年生だったころ、私は些細な誤解から

クラスで孤立してしまいました。

それは執拗な嫌がらせに発展していきました。



今考えれば、全然深刻なことじゃないけれど、

当時の私は弱虫で、2学期の末頃には、

すっかり学校に行けなくなりました。



そのまま冬休みが過ぎ、新学期が来ても私は学校に行けず、

「サボり癖」だとなじる母にも辟易していました。



長いような短いような数か月が過ぎ、

そして、忘れもしない1月14日、私は自殺を決行しようとしました。



「どうせ私なんかいなくても世の中は変わらないし、

 誰も泣く人はいない」



梁にロープを」渡している最中でした。

ドアフォンが鳴り、郵便屋さんが来ました。



そんな時なのに律儀に対応した私は、

ゆうパックと一緒に渡されたDMの束の隙間からのぞいた、

今更ながらの年賀状に気づきました。



「誰だろう?こんな時期に」

その年賀状を引っ張り出して、私は絶句しました>>>

ほんの紙一重の差で死神から逃れました

れは3ヶ月ほど前に出した、ターボレンジャーの浜洋平役だった

朝倉圭矢さんからの返事だったのです。



ワープロ打ちで、サインだけが手書きの年賀状だったけど、

そこに書いてある言葉、特に、

「応援してくれてありがとう」

これからも応援してください

という言葉がうれしくて、

本当に久しぶりに目が腫れるほど泣きました。



これから・・・を望んでくれる人が、自分にもいるんだと、

そう思えて、嬉しさがこみ上げてきたのです。

思い切り泣き通したら、死のうとした決意がどこへやら、

消えたのか薄らいだのか・・・。

一条の光が、ほんのあと一歩のところで、

私の目の前の闇を照らしてくれたのです。



その後も誤解はなかなか解けず、

今でも誤解したままの人もいます。

それでも、あの頃より私はずっと強くなり、

誤解で失った友人よりも、新たな沢山の友人に囲まれています。



あの日、あの一枚のハガキが無ければ、

私は明らかに、もうここにはいなかったと思います。


参考:2ch 「特撮で実生活に感動や励ましを貰ったお話」より



感動シリーズ


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